鈴木春太SORAスーシェフ
Recommend Tour02
そこかしこに伝統工藝が息づく北陸。その中でも越前市は特にその個性が強い。それもそのはず、歴史を振り返ると、大和時代はこの辺りが日本の経済、文化の中心地だったり、奈良時代以降は越前の国府になり、そういった背景をもとに文化や工藝が育まれ、風土として深く根付いています。
今回は、滝ヶ原ファームで共に働く仲間を誘い、越前市の工藝文化の魅力を紹介する旅をさせていただくことになりました。今回は、古民家を利用したホテルCRAFT&STAYのシェフ鈴木春太さん。パリの一つ星レストラン「SORA」で、スーシェフを務める彼は、コロナの影響で一旦日本に戻り、滝ヶ原で収束を待ちながらその腕を振るってくれています。
料理人の目線で、越前市の工藝を体感してもらおうということで、まずは和紙の聖地、岡太・大瀧神社へ。
和紙工房が集まる今立地区の雰囲気を味わいながら奥に進んでいくと、神社が見えてきました。
ここは紙の神様「川上御前」を祀る神社。
一歩境内に入ると、神社特有の静謐さが環境を満たしています。
なぜこの地が国内有数の和紙の産地になったのか、神社を参拝しながら知り得る知識を春太さんと共有します。この地に和紙作りをもたらした神様は女性の神様であること。白山の菊理姫然り、北陸は女性の神様が多いのがいい。
階段を上がり、山門の先に、見たこともないような形の屋根が見えてきます。そして、よくよく見てみると、建物全体が凄まじいレベルの彫刻が施されています。「美意識というのは新しい古いは関係ないな」と、施された加飾の存在感に春太さんも言葉を失っていました。
それにしても、いつ来てもここの空気感は他と違う。
続いて向かったのは、主に障子紙を専門とする和紙の工房、長田製紙所さん。
4代目長田和也社長に出迎えていただきました。
工房を案内していただきながら、丁寧に和紙づくりの工程やこだわりを春太さんに説明してくださいました。長田製紙所さんは、襖紙を専門に創業以来100年以上にわたって和紙を作り続ける工房。二代目が産んだ「飛龍」という技法を長田さんがブラッシュアップさせて、襖だけでなく、様々なプロダクトに応用して和紙の可能性を広げています。
伝統工藝というよりもアートピースのような雰囲気を持っています。
長田さんお話で一番印象に残っているのは、「できるだけ自然で身体に良く、サステナブルな発想を突き詰めていること」と春太さん。2019年にはクラウドファンディングで完全無添加の紙づくりにも挑戦するなど、骨太で未来を見据えた発想が素晴らしいですね
産地の中心部、和紙の里通りという和紙関連の施設が集まったエリアに、パピルス館と、卯立の工芸館があります。どちらも和紙漉き体験ができる施設ですが、パピルス館は和紙製品が一堂に集っており、和紙製品を求める方には堪らない場所になっています。
春太さんには、卯立の工芸館で紙漉体験をしてもらいました。
字通り立派な卯立が立っている迫力のある外観
江戸時代中期の紙漉き家屋を移築復元した建物は、丁寧にリフォームされた居心地の良い環境。全体的にクリーンな印象で、本格的な紙漉を体験できる環境が整っています。 早速、指導員の方に手解きを受けながら、春太さんもいよいよ紙漉体験です。 何度か失敗した末に、やっと綺麗に漉けた感動はひとしお。頭で理解してやろうとするのではなくて、身体でリズムを感じて染み込ませていくと上手にできたと春太さん。漉いた紙は後日送っていただけます。
続いて、越前打刃物の工房が集まるエリアに向かいます。
「越前打刃物」は、1300年ごろに、京都の刀匠千代鶴国安が刀剣制作に適した地を求め、現在の越前市に来住し、近隣の農民のために鎌を作ったことから始まったといわれています。越前打刃物の特徴は、古来の火づくり鍛造技術、手研ぎであること。二枚重ねて打つ「二枚広げ」や、良い刃を薄く作れる廻し鋼着けが特に有名です。
他の産地が大量生産にシフトしていった中、手仕事にこだわり続け、職人が手を取り合って研鑽を続けた結果、世界中の料理人や愛好家から引き合いがくるようになり、今では成長市場になっています。
今回は、越前打刃物の中でも早くからステンレス鋼の製品化に着手し、家庭用の包丁づくりの分野を開拓してきた「龍泉刃物」さんに訪問しました。
龍泉刃物さんといえば、異なる硬度の素材を積層させて研ぐと現れてくる龍泉輪。工房を案内していただきながら、打刃物がどうやって生み出されるか、越前打刃物の特徴を教えていただきました。
料理人としてその地の風土を知る切り口として、発酵文化、特に日本酒は重要な対象です。今回は、越前を代表する酒蔵の一つ「片山酒造」さんにお邪魔してお話を伺いました。
実は、福井の日本酒環境において2020年は大きなターニングポイントでした。最高の大吟醸を作ることをも目標に平成22年から開発が始まった「さかほまれ」という新種の酒米が収穫を終え、福井県下の酒蔵でさかほまれの酒造りが一斉に始まり、いよいよ新酒がリリースされたタイミング。片山酒造さんも新米を用いた「月暈」をリリースされたとのこと。
片山酒造さんは1700年代から続く歴史のある酒蔵。
「月暈」の味は大吟醸らしく、雑味のない端正な味でした。
福井といえば蕎麦。福井県内には22系統の在来種が存在しますが、今回うかがった「増田そば製粉所」さんは自社栽培含め近隣エリアの福井固有種を石臼で挽いたそば粉のみを扱っています。越前そばの魅力は、なんといっても品種改良されていない固有種のもつプリミティブな風味。それを石臼で時間をかけて挽いているなれば、美味しいに決まっています。
増田さんから、夜の食事会で使用する蕎麦粉を分けていただきました。
初日の取材はこれで終了。
ここからは、長田製紙所さんが運営する宿泊が可能なギャラリー「記憶の家」に、和紙職人の皆さんと集い、春太さんの食事会を行うことになりました。滝製紙所の七代目瀧英晃さん、長田製紙所の五代目長田泉さんが参加してくださいました。
龍泉刃物さんからお借りした三徳を使います。
三徳は家庭で使う際にとても使いやすい包丁。調理のプロとしてはあまり使うことのない包丁ですが、春太さんは最近その使いやすさに改めて着目しているとのことで、今回も参加者の皆さんが見る中、龍泉刃物さんの三徳を使い、テキパキと美しく魚を捌いていきます。それもそのはず、和食の名店「龍吟」で修行された経験があります。
美味しい料理と、片山酒造さんの月暈を交わしながら、遅くまで話に花が咲きます。
互いに長い歴史をもつ工房の次世代を担う存在。職人さんというのはつくづく仕事の虫ですね。夜遅くまで仕事の話が尽きませんでした。
二日目は、1875年創業、主に大紙を製造する滝製紙所さんからスタート。前日、遅くまで話がつきなかったにも関わらず、職人さんの朝は早い。早朝から仕事に取り掛かり、すでにウォーミングアップを終えた滝さんから、得意とする技法を実演していただきました。春太さんにもやってもらいますが、ただ水を撒くだけの作業一つとっても、職人の技術を要することがわかります。
昨日の長田さん、そして滝さんの工房、それぞれ得意分野は襖紙などの大判の紙。日常的にこのサイズを漉いている環境は越前ぐらいだそうです。2018年から始まった、オランダの現代アーティスト「テオヤンセン」氏とのコラボレーションも、この大判の技術があったから。今や世界中から注目される環境になっています。
滝さんから、端切れを頂いてご満悦の春太さん メニューなど料理の環境でも和紙は親和性が高い。
続いて、2020年の千年未来工藝祭の会場にもなった、「タケフナイフビレッジ協同組合」に向かいます。二日間に渡って越前市内全域を回りましたが、越前市全域に工藝に携わる工房が村のように点在していることを実感します。ドライブがてら回るにはちょうど良い距離感もいい。
タケフナイフビレッジは、12の工房が共同で運営を行う、越前打刃物の製造環境と販売環境が一箇所に集まった施設です。40名以上の職人さんが働いていて、その内の17名の方が伝統工芸士。さらに、上は80歳下は18歳と幅広い年齢層。文字通りサステナブルな事業環境が整っている稀有な施設です。
今年、新たに新館もオープンし、さらに打刃物との距離が近くなった施設を、伝統工芸士の戸谷さんに案内していただきました。新館は、ショップ機能が強化されて各社の製品が一堂に見たり触れたりすることができるようになっています。全体的にデザインが良い仕事をしていて、工藝がアップデートされたような印象の施設になりました。ギャラリーにはさまざまな用途の包丁が展示してあり、とても見応えがあります。
本館は作業場を見下ろすように設計されていて、職人さんの手元までよく見えます。
ナイフビレッジオリジナルの小型の三徳を購入した春太さん
いつでも料理がしたくなるような軽量でコンパクトな包丁です。
滝ヶ原に戻って早速包丁を使って調理。同僚のレイナさんと共に龍泉刃物さんのカトラリーで料理をいただきました。
内木洋一 / Botanically 写真と企画
外資企業や医薬品商社でマーケティング職を20年に渡って経験。交通事故に遭い長期の療養を経て、自身の活動をコンテクストデザインに置くことに。TAKIGAHARA FARMの立ち上げと共に鎌倉から移住し、地域おこし協力隊として活動を終えた現在は、カメラマン、企画、薬草家として複数の生業を持ちながら、craft soundscapesなどの活動を行っている。人や薬草、あらゆるものを混ぜることが好きです。